k-forest キーワードのクラスタリングについて(1)
■「学際」への問い■
東京大学大学院学際情報学府は、所謂「学部」を持たない組織である。本学 /他大学/社会人/留学生ほかが混在する、極めて流動性の高い組織である。 なかには二回目、さらには三回目の修士号を目指す学生もいる。「学際」への 問いは、こうした知の混在的な状況なくして成立しない。
しかしこの「学際」への問いに、答えが出たことはない。そこでここでは、 この問いに対する試行錯誤が、かつてから学生によってなされていたというこ とを紹介しよう。所謂「第一期(2000年4月-2004年3月)」における、入試説 明会で配布されていた小冊子「aiaiai」(「アイアイアイ」と読む)のことで ある。
「aiaiai」は、2001年6月と2002年6月に有志の学生によって作成・発行された。2001年版は、原島博教授や西垣通教授のインタビュー、情報学環設立に関 する新聞記事の複製、研究室プロジェクトや学生自主制作展の紹介、学生の研究テーマ紹介他から成る。なかでも興味深いのは「学生研究フィールド分布図」で、22に分類された知のカテゴリーに学生の研究テーマがどれだけ当ては まるのかが可視化されているところである。当時の学生(87名)は、平均で約 3.8つのカテゴリーを選択。最大で6つ選択したのは2名だったが、1つしか選択 しなかったのが5名もいた。そのばらつきはともかく、定義困難な「学際」 は、このように言葉を回避した形で表現されはじめたのである。
2002年版は、学生による全教員へのインタビュー、コラム、修士論文への道のりなどを掲載した小冊子ほかから成る。なかでも興味深いのは「ミアワセ」 という88枚のカード付録で、これは教員の写真・キーワードとその説明がそれ ぞれに印刷されたものである。つまりトランプの神経衰弱ゲームのように遊ん でもらうことで、学府について詳しくなってもらおうと工夫したものなのだ。 これもまた定義困難な「学際」を、言葉によって飼い馴らすことなく楽しんで 知ってもらおうという試みであった(2002年5月に『情報学事典』(弘文堂) が刊行されたことも歴史的な文脈としてはある)。
今となっては、「そこまでしなくとも…」と思われるかもしれない。しかし 当時においては、「所属している教官や私たち学生ですら、「情報学環=研究 組織、学際情報学府=教育組織」の使い分けはあまりできていませんし、なぜ 「環」であり「府」なのか、説明できる人は少ない」(2002年版編集後記)と いうことが課題であった。つまり「学際」への問いがあったからこそ、その “苦肉の策”としてキーワードの可視化がなされたのである。
さて私たちは2008年2月に福武ホールの竣工を控え、その工事壁に教員や学 生の研究キーワードを紹介する「k-forest」を目の前にしている。k-forestで は数回にわたって800強のキーワードを採集し、統一的な意味づけは不可能で あるという前提を共有した上で、有志の学生が質的量的に分類している。した がってキーワードの配置は暫定的なものであり、k-forestは鑑賞者によるシー ル貼りつけという書き込み行為にも開かれている。
このようなk-forestは、学際情報学府という組織において連帯が図られる際 にしばしば提案される「キーワードの可視的なマッピッグ」という実践の系譜上にあると言えよう。しかしk-forest以前と以後に、一つの差異を感じないわ けでもない。それは「学際」への問いが、キーワード抽出において今でも有効 なのかということである。
かつては“苦肉の策”であったはず手段が目的化したとするならば、私たち は「なぜキーワードの可視化をしなくてはならないのか」という問いを忘却し てしまったとも言えなくもない。問題意識なきキーワードのデータベース化 は、どのようにでも解釈できてしまうだけでなく、解釈の対象として認識され ないことすらある(キーワードの群れの前にして、結局のところは、何も考え ることなくやり過ごす姿を想像すれば良い)。したがって、日々高度化する情 報技術によってキーワードを抽出・処理していくことの実証的作業とそれをめ ぐる快楽とは別に、「学際」への問いを実直に確保しておくこと。それこそ 「学際」を名乗る者にとって、必要なことなのではないだろうか。
k-forest クラスタリング班・加島 卓(文責)
| 2007-07-02 (月) | Staff log | TrackBack: 0 |
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